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2011年7月10日 (日)

東北にボランティアに行ってきました

会社が今、「あなたにエールを」というアリエールによるお洗濯支援を石巻、多賀城で行っています。会社内公募制のボランティアで3日間のお洗濯支援に行ってきました。

一日目は仙台経由で入って石巻現地集合。

仙台空港はまだタラップなどが復活していないようで、荷物もかなり手作業で積み出してました。空港の周りはがれきがあるくらいですが、鉄道も動いておらず代替バスで仙台駅まで出ました。飛行機の本数も減っているのだと思いますが、飛行機は満席で、結構ビジネスマンの方多かったです。

ここからバスにのって、石巻イオンへ。イオンのショッピングセンター内で今回の取り組みが「東日本にエールを」という形で協働プランにしていただいているため、その展示などを見てきました。こちら、伊丹のイオンでも展開中。
20110618

なんと集合場所の蛇田中学校はまさにこのイオンの隣。普通に中学の授業が行われている横の体育館にまだ100名以上の方が避難中でした。

前日アナウンスずみの袋を回収して回ります。だんだんと暑くなってきたため、毛布を出される方が多く、毛布は1人一枚でおねがいして回ります。

避難所によってルールが全然違うそうですが、ここは世帯ごとのしきりがほぼなく、お隣さんとは布団も隣同士。もちろん高齢者の方が多いのですが、ランドセル姿の小学生が帰ってきたり、赤ちゃんがはいはいしていたり、いろいろな方がいらっしゃました。その後のニュースで見ていると、石巻は仮設住宅用地の獲得があまり進んでおらず、まだ避難所にいらっしゃる方が多い地域だそうです。

第2回の回収まで時間ができたので、現地スタッフの方に30分ほどのところにあるという被害地域に連れて行って頂きました。

東北をボランティアで訪れた後輩からも聞いていたのですが、地震の被害というより完全に津波の被害。逆に言うと、宮城沖地震があったからか、揺れの方向か、阪神大震災の時よりも地震による倒壊建物は少ないようでした。その分、海に近づくに連れて、浸水のあとの線がついている建物が現れ、「6月営業再開しました」といった看板が現れ、ブロックが崩れていたりという光景になってきます。 浸水のすごさが伝わってきますが、同時に3ヶ月の間に町がかなり片付いていて、復興の力強さも感じることができました。

ところが、港沿いの工業地帯に入った途端、とんでもない光景が。割と新興住宅街だった様な一画がばっさりなぎ倒されて、建物の土台以外何も残っていないのです。
Earthquake


水産加工センターなどもかなりやられていて、これは復興の見通しの立て様もない感じ。被災された方のことを考えると、道一つ隔てれば普通の生活に戻っている所もあるわけなので、あまりの理不尽さというか、怒りを覚えても当然だと思いました。

「避難所の方はもう明るくされているので、被害状況をみないと、どんなに困っていらっしゃるかわからない方もいるんですよ」と現地の方がおっしゃっていたのがよくわかりました。

3日目には、もう一つの渡波地区という所にも連れて行っていただいたのですが、こちらはこちらでほとんどの建物のほぼ一階部分が軒並みやられてなくなっていて、そんな瓦礫を一つ一つ自衛隊の方々が運び出している中すでに自宅に戻られて二階だけで生活しているお家もあり、子供の自転車が置かれていて、洗濯物が干してあったりすると、こちらはこちらでいたたまれない思いがしました。

石巻も港を離れるとすっかり復興していて、町の中にはあらゆるところう「頑張ろう、石巻!」「負けない、石巻!」といった看板がたってました。

お洗濯物を預かってここから2時間ちょっとかかる山形市内のランドリーセンターへ移動。お洗濯物いっぱいです。
Laundry
東北の地理がよくわかってなかったのですが、山形市は宮城県と隣接していて、蔵王でくっついてるんですね。

山形側はほぼ地震の被害がなかったらしく、今は5600人くらいの方が宮城や福島から避難されているそうです。

ランドリーセンター到着は夜の10時を回っていて、ここから明日のお洗濯がすぐにまわるよう40台弱のドラム缶型洗濯機に洗濯物を投入。ホテルに送っていただいて一日目は終わりました。

2日目は9時集合で、ランドリーセンターへ。6時50分から洗濯機を回していただいているのですが、物によって終了時間が違っていて、あちこちピーピーなる洗濯機から洗濯物を取り出し、糸くずを取り出し、自分たち担当の分のお洗濯物を確認しながら畳んでいって2回目を投入します。だいたい4時間弱お洗濯にかかってしまう為、基本一日2.5回転くらい。
どうしても待ち時間ができてしまうため、近所のコンビニで山形新聞を買って来て読んでました。福島の状況、山形への影響、避難者の方々の生活、経済的被害(観光や企業のイベントがかなり被害を受けている様子。確かに、山形はこんなに平常、というのは、来てみないとわからないですよね)といった内容。

12時には女性スタッフの方々が来られ、私たちは近所の定食屋さんでお昼。今回お世話になった現地スタッフのドライバー役の方がもと料亭でバイトしていた、というとってもグルメな方で、「この定食屋さんは美味しいんですよ!」と連れていっていただいたら、確かに、大正解。蔵王の水、美味しいお米、だしと醤油ベースの味つけ。いやー、東北って味にめちゃくちゃ恵まれている場所だったんですね。

「気仙沼も今はやられてますが、本当はフカヒレもそうですが、さんまが美味しいんですよ!」 日本の味を取り戻すためにも復興応援せねば。

午後はどんどん洗濯物が仕上がってあちこちでピーピーなり、あっという間に7時の終了時間。

Pa0_0035


3日目も9時集合でランドリーセンターへ。出来上がって来ている洗濯物をどんどん畳んでいって、糸くずをとってると、あっという間に11時半。今日は「山形といえば、そばですよ!」というドライバーさんの案内で、山形一寸亭という評判のおそばやさんで、「肉天セット」を食べて来ました。B級グルメだそうですが、冷たいお出汁にしこしこツルツルのお蕎麦が入ってて、鶏とおネギがのってます。それに熱々あげたての天ぷらセット。


ここから石巻の蛇田中学校へまた移動。16時から今度は洗濯物の返却。場所の名簿をみながら、お名前と中身を確認し回って行きます。昼間はここから仕事に出たり、お買い物にいったりする人も多くなって来ていて、お隣の人に預けていってる方も多かったです。

毛布は洗うと本当にふわふわで、最初は洗わない予定だったのがあまりにみなさんの要望が多く、受け入れ出したそうです。物によっては6kgの洗濯機ぱんぱんになるのですが、確かに、3ヶ月も体育館の中で使ってると、洗いたくなる気持ち、よくわかります。

蛇田中学校には1週間に1回回れていないくらいの頻度なので、いわゆる服のお洗濯物を出されている方は限られていたのですが、それでも男性単身ぽいお洗濯物や、恒例のご夫婦の洗濯物などがありました。どうしても風合いが変わってしまったり、アイロンもかけられないので、シワが取れないものも出てくるのですが、みなさん、「本当に助かります!」と喜んでいただいて、こちらまで嬉しくなりました。

最初は若いスタッフの方々が回られても警戒されていたのか多くて30袋ほどしか集まらなかった洗濯物が2ヶ月半の間に、断らないといけない程、マックスキャパの85袋まで集まり出して、サービスが浸透している様子がよくわかりました。避難所からはだんだん人が減って来ているのですが、仮設に入ってしまうと支援物資が一切受けられなくなる、といった事情もあるらしく、ニュースにも出ていた様になかなか仮説への移住が進んでおらず、これから暑くなる中まだまだ需要はありそうです。会社では、仮設への移住がほぼ終わる予定の8月までの継続を考えているのですが、それでもまだ避難所は残ってしまうかも。

往復の車の中で、ドライバーの方自身の(多賀城出身)お話も伺い、お父さんが4日後に会社から歩いて帰って来られたこと、まわりのお友達も基本やはりどなたかがなくなる被害に合われていることなど、生々しい被害状況でした。

行った人行った人から、「やっぱり行って見た方がいい」と言われ、参加させてもらったのですが、本当にこんな機会を与えてくれた会社に感謝です。日本人として、ひとことではなく自分ごととして復興になんらかの応援をしたい、やっぱりたぶん一番は直接的、間接的な経済支援、長い目で復興を見守り、東北に積極的に関わって行くことじゃないか、と思いました。

今まであまり縁のなかった東北ですが、風景、文化、素晴らしいものがたくさんあって、これを機会にどんどん知っていけたら、と思います。

みなさんもぜひぜひ東北に行ってみてください。あまりの景色の美しさ、食べ物の美味しさ、人の暖かさに感動すること間違いなしです。

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